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前回の健康に対する日記を書いたのが2月。その後、早半年が経過してしまいました。
なんとも更新率の悪いブログで、申し訳ございません。はい、本当に。
この半年間、色々な所で演奏したり、これから随分お世話になるであろう新しい楽器と出会ったり、またしても体調壊したり等々沢山のことがあったのですが、中でも自分の大きな転機となる一大イベントが、7月中旬にやっと終了しました。
えー、このブログ、タイトルを見て頂いても分かると思うのですが、はい、そのままです。「Bear in Hamburg」私が現在勉強しているのはハンブルクというドイツの北に位置するドイツの第二都市。
音大での勉強が始まった当初は卒業までハンブルクで勉強するつもりだったのが、先生が65歳になった去年の2月、いきなり音大から手紙が届き、そこには「先生にはこれ以上レッスンをする資格がない」という文面が。。。あまりにも急なことで私はもちろんパニックに陥り、先生もどうしようか?と頭を抱え、せめて中間終了資格がもらえる2008年の夏までは先生にレッスンをしてもらえるよう事務に頼みに行き、それと同時に次の先生探しが始まりました。
演奏家としても尊敬でき、尚且つ私に足りない部分を率直な判断で指導して下さる方、として出会えたのが、現在ソリストとして活躍しつつベルリン芸術大学で教授をなさっているHartmut Rohde(ハルトムート・ローデ)先生。
去年の夏、彼が講師をしている講習会を受講し、彼の元で勉強できる許可を頂いた後、約1年の歳月を超え7月10日にあった編入試験。
編入を申し込んだ学校がただ一校だったという事と、落ちた場合は成す術がない。というので沢山の不安を抱えての受験だったのですが、何とか無事に合格が決まり、ハンブルクの先生共々胸を撫で下ろす事ができました。
私が単身渡独してきたのが2004年の夏。それ以来ハンブルクにしか住んでいない私にとって、ハンブルクは第二の故郷。正直、この街を去るのはとても寂しいです。しかし、ベルリンに行けばもっと大きい都市だからチャンスも沢山あると思うし、特急電車に乗ってしまえばハンブルク・ベルリン間は1時間半くらいなのでいつでも帰ってこれる!という思いを支えに、ベルリンで気持ち新たに頑張って行こうと思います。
しかし、悩むのがブログのタイトル。ベルリンに行ってからも、もちろんブログは続けていくつもりなのですが、サブタイトルを「Bear in Berlin」にしてしまうと、街の紋章がクマであるベルリンではそのまますぎる・・・・。
ハンブルクには9月末まで住むので、これはそれまでの課題☆ということで、考えておきま~す。
では、単なる文面だけの久々日記となりましたが、一応ご報告まで。次はあまり日数をあけずに更新するつもりですので、ちょっとお待ちくださ~~~い♪
なんとも更新率の悪いブログで、申し訳ございません。はい、本当に。
この半年間、色々な所で演奏したり、これから随分お世話になるであろう新しい楽器と出会ったり、またしても体調壊したり等々沢山のことがあったのですが、中でも自分の大きな転機となる一大イベントが、7月中旬にやっと終了しました。
えー、このブログ、タイトルを見て頂いても分かると思うのですが、はい、そのままです。「Bear in Hamburg」私が現在勉強しているのはハンブルクというドイツの北に位置するドイツの第二都市。
音大での勉強が始まった当初は卒業までハンブルクで勉強するつもりだったのが、先生が65歳になった去年の2月、いきなり音大から手紙が届き、そこには「先生にはこれ以上レッスンをする資格がない」という文面が。。。あまりにも急なことで私はもちろんパニックに陥り、先生もどうしようか?と頭を抱え、せめて中間終了資格がもらえる2008年の夏までは先生にレッスンをしてもらえるよう事務に頼みに行き、それと同時に次の先生探しが始まりました。
演奏家としても尊敬でき、尚且つ私に足りない部分を率直な判断で指導して下さる方、として出会えたのが、現在ソリストとして活躍しつつベルリン芸術大学で教授をなさっているHartmut Rohde(ハルトムート・ローデ)先生。
去年の夏、彼が講師をしている講習会を受講し、彼の元で勉強できる許可を頂いた後、約1年の歳月を超え7月10日にあった編入試験。
編入を申し込んだ学校がただ一校だったという事と、落ちた場合は成す術がない。というので沢山の不安を抱えての受験だったのですが、何とか無事に合格が決まり、ハンブルクの先生共々胸を撫で下ろす事ができました。
私が単身渡独してきたのが2004年の夏。それ以来ハンブルクにしか住んでいない私にとって、ハンブルクは第二の故郷。正直、この街を去るのはとても寂しいです。しかし、ベルリンに行けばもっと大きい都市だからチャンスも沢山あると思うし、特急電車に乗ってしまえばハンブルク・ベルリン間は1時間半くらいなのでいつでも帰ってこれる!という思いを支えに、ベルリンで気持ち新たに頑張って行こうと思います。
しかし、悩むのがブログのタイトル。ベルリンに行ってからも、もちろんブログは続けていくつもりなのですが、サブタイトルを「Bear in Berlin」にしてしまうと、街の紋章がクマであるベルリンではそのまますぎる・・・・。
ハンブルクには9月末まで住むので、これはそれまでの課題☆ということで、考えておきま~す。
では、単なる文面だけの久々日記となりましたが、一応ご報告まで。次はあまり日数をあけずに更新するつもりですので、ちょっとお待ちくださ~~~い♪
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プロフィール
HN:
Tomoe
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1986/02/17
職業:
学生
趣味:
読書・手芸・お菓子作り
自己紹介:
京都生まれの熊本育ち。
5歳よりヴァイオリンを始める。
高校に入学する前の春休みに受講したマスタークラスにより、音楽専攻を決意。
高校卒業と同時にドイツ留学を目指し、ひょんなことからヴァイオリンからヴィオラへ転向。
2004年7月30日に渡独。
2005年10月から2008年9月まで、天上人キャラで時に理解に苦しむが、尊敬してやまない深井碩章氏の下、ハンブルク音楽・演劇大学にてヴィオラ専攻の後、2008年10月より国立ベルリン芸術大学に籍を移し、これまた愉快なキャラクターでありながらも素晴らしいヴィオラ奏者であるHartmut Rohde氏の下、続けてヴィオラ専攻中。
5歳よりヴァイオリンを始める。
高校に入学する前の春休みに受講したマスタークラスにより、音楽専攻を決意。
高校卒業と同時にドイツ留学を目指し、ひょんなことからヴァイオリンからヴィオラへ転向。
2004年7月30日に渡独。
2005年10月から2008年9月まで、天上人キャラで時に理解に苦しむが、尊敬してやまない深井碩章氏の下、ハンブルク音楽・演劇大学にてヴィオラ専攻の後、2008年10月より国立ベルリン芸術大学に籍を移し、これまた愉快なキャラクターでありながらも素晴らしいヴィオラ奏者であるHartmut Rohde氏の下、続けてヴィオラ専攻中。
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う~ん。もうちょっと考えてみるわ。いいアイディアありがとねん☆