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ドイツで生活してる上で起こったことや、音大での生活、料理・お菓子作りなど身近にある物を書き留めていこうと思います。
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 ご無沙汰しております。
 前回の日記で編入試験の結果を報告してから、ベルリンの住家を探しにハンブルク・ベルリン間を往復したり、コンクールを受けにオーストリアへ行ったり、引越し準備に終われたり、と忙しく過ごしていました。


 前々から自分は荷物持ちだと思っていたのですが、引越し準備をして分かる、物の多さ。
 今まで住んでいたのは1部屋10㎡しかない、とても狭い学生寮。そこの本当に狭い部屋によくこれだけの荷物が入ったものだ、と呆れつつ始めた準備も、昨日無事運送業者に荷物を引き渡し、必死で掃除をして、今日の朝、管理人に鍵を返すと同時に終わり、その直後から駅へ向かって、次の生活する土地ベルリンにやってきました。


 現在は、鍵の引渡しまで少々時間があった為、駅の近くのネットカフェからの更新です。



 これから始まる新たな生活。最初はハンブルクを恋しく思う事が多々あると思いますが、次の目標を明らかにして、続けて頑張っていこうと思います。
 
 あ・・・・・ブログの更新は、ネットをまだ引いていない今、いつからちゃんと更新できるのか分かりませんが、繋がってからは出来るだけ定期的に更新していこうと思っています。おそらく最初は、色々回想記から始まると思われますが(笑)。

 それでは、まずは新生活の始めの一歩、鍵の受け取りに行ってきまーす☆
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 前回の健康に対する日記を書いたのが2月。その後、早半年が経過してしまいました。

 なんとも更新率の悪いブログで、申し訳ございません。はい、本当に。

 この半年間、色々な所で演奏したり、これから随分お世話になるであろう新しい楽器と出会ったり、またしても体調壊したり等々沢山のことがあったのですが、中でも自分の大きな転機となる一大イベントが、7月中旬にやっと終了しました。


 えー、このブログ、タイトルを見て頂いても分かると思うのですが、はい、そのままです。「Bear in Hamburg」私が現在勉強しているのはハンブルクというドイツの北に位置するドイツの第二都市。

 音大での勉強が始まった当初は卒業までハンブルクで勉強するつもりだったのが、先生が65歳になった去年の2月、いきなり音大から手紙が届き、そこには「先生にはこれ以上レッスンをする資格がない」という文面が。。。あまりにも急なことで私はもちろんパニックに陥り、先生もどうしようか?と頭を抱え、せめて中間終了資格がもらえる2008年の夏までは先生にレッスンをしてもらえるよう事務に頼みに行き、それと同時に次の先生探しが始まりました。

 演奏家としても尊敬でき、尚且つ私に足りない部分を率直な判断で指導して下さる方、として出会えたのが、現在ソリストとして活躍しつつベルリン芸術大学で教授をなさっているHartmut Rohde(ハルトムート・ローデ)先生。
 去年の夏、彼が講師をしている講習会を受講し、彼の元で勉強できる許可を頂いた後、約1年の歳月を超え7月10日にあった編入試験。

 編入を申し込んだ学校がただ一校だったという事と、落ちた場合は成す術がない。というので沢山の不安を抱えての受験だったのですが、何とか無事に合格が決まり、ハンブルクの先生共々胸を撫で下ろす事ができました。


 私が単身渡独してきたのが2004年の夏。それ以来ハンブルクにしか住んでいない私にとって、ハンブルクは第二の故郷。正直、この街を去るのはとても寂しいです。しかし、ベルリンに行けばもっと大きい都市だからチャンスも沢山あると思うし、特急電車に乗ってしまえばハンブルク・ベルリン間は1時間半くらいなのでいつでも帰ってこれる!という思いを支えに、ベルリンで気持ち新たに頑張って行こうと思います。



 しかし、悩むのがブログのタイトル。ベルリンに行ってからも、もちろんブログは続けていくつもりなのですが、サブタイトルを「Bear in Berlin」にしてしまうと、街の紋章がクマであるベルリンではそのまますぎる・・・・。
 ハンブルクには9月末まで住むので、これはそれまでの課題☆ということで、考えておきま~す。



 では、単なる文面だけの久々日記となりましたが、一応ご報告まで。次はあまり日数をあけずに更新するつもりですので、ちょっとお待ちくださ~~~い♪
 早い物で、もう2月に入って1週間が経ちましたね。月日の流れは本当にあっという間です。こうして、今年の更新もうだうだになってしまうのかしら?と思う今日この頃。
 もう少し「日本語を書く」という事にゆとりを持って掛かりたいのですが、そうは問屋が卸さないようで。相変わらずバタバタとした生活を送っています。

 
 さて、日本でもこの季節になると試験があるのではないか?と思いますが、ここドイツでも学内試験や入試など沢山の試験が行われています。
 今日は、私の音大始まって2回目の実技試験でした。

 忙しいのを理由に練習が捗らなかった今回の試験の出来は、やはり決して良かったとは言えなかったのですが、今後の見通しと目標を立てることが出来たので、それなりに終わった後のスッキリ感は多少なりともあります。



 しかし現在、音楽家にとっては致命的な問題を抱えています。2年前にもすでに経験済みなのですが、左手が腱鞘炎になってしまいました。
 腱鞘炎になるに当たって考えられる要因は2つ。1つは、練習時間が多すぎる、もしくは不適切な練習をしている。そして、2つ目は、急に大幅に練習する。
 
 初めて腱鞘炎になった時は、毎日オーケストラや室内楽の練習に振り回され、それプラス自分の練習!という生活からなってしまった前者の方だったのですが、今回は明らかに後者。
 試験の為の選曲から出遅れたので、結果、試験前になって必死にさらう!という事になってしまったのですが、これで体が悲鳴を上げない方が確かにおかしい!!!どう考えても楽器を弾く姿勢は健康的だとは言えないし・・・。


 元から体が強い方ではない為、色々気をつけないといけない、というのは頭の片隅で理解しているはずなのに、なってしまってからでないと分からない、という私の性格。いつもどこか壊してから、あぁー、気をつけないとなぁー、と思うのですが、未だに自分の体を自分でよく分かっていないようです。
 やはり、健康な体があってからこそ他の事が出来るのであって、全ての大元である体を壊してしまっては、やっぱり人間何もできないのですね。

 ただでさえ、弦楽器奏者(特にヴァイオリニストやヴィオリスト)は、弾く年月と共に骨格が歪んでくる、と言われているので、普段から体には気をつけていないといけないのに、自分の無理のせいでわざわざ進んで体を壊すだなんて、この上なく馬鹿げた話だわ・・・。まずは頭の中だけで、勝手に大丈夫!と思い込んでる事がそもそもの間違いなんだな。気合だけでは健康は保てません。(←わー、これ常識だー。)

 腱鞘炎を治すのに一番の治療は、使わずに休ませることなのですが、スケジュール帳をどう眺めても最低10日間は休む事が出来ず、さらに頭を抱えています。ふむ。困った。

 ・・・取り合えず、明日病院に行ってお医者さんからアドバイスを頂いてこようと思います。早く良くなれ~~~!!!!!
 新年明けましておめでとうございます☆

 とうとう2007年も終わり、2008年が来ました!早い物で、私がドイツに来てから4回目の年明け。12月は最初の3週間ほど師匠のアシスタントとして日本で過ごし、クリスマスからドイツに帰って来ました。
 クリスマスマーケットに間に合ったか!?と思いきや、丁度私が帰りついた後マーケットは終わってしまい、今回は残念ながら満喫できなかったのですが、日本でも色々楽しいことがあったので、よし!としてしまおうかな?と思ってます。
 
 日本での色々あったことは次回の日記にアップするとして、せっかく今年最初の日記なので今年の抱負でもここで宣言してしまおう!と思います。


 2007年はこれから将来の事を色々と考える為の準備に使えた年だったので、2008年はそれを生かして将来の自分の目標とする像に少しでも近づけるように精進していける年にしたいと思います。


 もう、ズバリ一言で言ってしまうと、「Alles klar,すべてをハッキリと!」ですね。

 自分の今現在すべき事、演奏や将来、ドイツ語や私生活において自分の中でそれなりのけじめを付けてやっていこうと思います。
 それプラス、去年は日記の更新にかなりムラがあったので、今年は定期的に書いていくのを目標に!!!


それでは、2008年も皆様にとってよい1年でありますように♪

 

 写真がないのも寂しいので、友達が撮ってくれたお気に入りの1枚を。ハンブルクの街の中心ちょっと外れにある、第二次世界大戦で廃墟と化してしまった聖ニコライ教会の前で。
 ドイツの音大で勉強していると、必ずある門下生コンサート。その慣例に漏れず、私も門下生コンサートがこの金曜日にありました。

 しかし、門下生コンサートと言っても、普通でないのがこのクラス。

 なんと!我が師匠の生徒数は、私を含め2人。しかも、もう1人は教員養成を専攻している為、演奏よりも知識を付ける為の講義などが優先されています。
 と、いうことは。コンサートでは普通の演奏家要請コースにいる私の弾く曲が必然的に多くなってしまうのです。

 
 私のソロばかりでは面白くない!と師匠と話し合い、今回のプログラムはチェロの友達にもソロを弾いてもらい、それにヴァイオリンとヴィオラのデュオに、ヴィオラとチェロのデュオ、最後にはピアノ四重奏を入れ、色々な編成で構成された物の、結局8曲プログラム中私が弾くのは7曲。・・・ほとんど私のコンサートと言ってもいいようなことになってしまいました。


 今回、私が弾いたソロの曲は、エネスコの「ヴィオラとピアノの為のコンチェルトピース」に、フランクの「ソナタ」。そしてリムスキー=コルサコフの「熊蜂」、以上の3曲。
 特にピアノパートが大変なフランク。今回は、去年の夏に講習会で知り合った日本人男性ピアニストの友達が、わざわざフランクフルトよりこのコンサートに演奏しに来てくれました。初めて彼のの演奏を聞いた時から一緒に演奏したい!と思っていた私には、夢の初☆共演。
 ハンブルクとフランクフルトは、特急列車に乗って4時間。と、いう距離なので、一緒に練習できる時間が限られていたのにも関わらず、一緒に弾いていてとても安心感のある素晴らしい演奏をしてくれた彼に、本当に感謝の気持ちで一杯です。

 

 最後の華を飾ったピアノ四重奏は、フォーレの作品、第1番。元は2月にある室内楽の試験の為に組んだ四重奏なのですが、試験で弾くだけではもったいない!と、このコンサートで弾くことに。
 
 編成が大きいこともあり、まとめるのがとても難しいこの曲。

 本番は、取り合えず楽しんで弾こう!と、みんなで決めて臨んだ本番。まだまだ発展途上にあり、これから勉強するべき事も沢山見つかりましたが、みんなの音が一つになって会場に心地よい響きが出来た時、心からこのメンバーで一緒に弾けてよかった。と、思いました。
 
   では、コンサートに出演したみんなでの写真をアップ☆


 
 クラッシックを勉強している、と言うと固いイメージを持たれがちですが、こ~んな写真も。


             ・・・・・みんな愉快な仲間なのです♪

 
 私がソロの練習でへこんで居た時にも、このメンバーでの練習の後では、よし!また頑張ろう!と明るく、前向きに考えることができました。みんなには、何回「ありがとう」を言っても足りないくらいです。

 
  コンサートの後の記念撮影には、もちろん師匠も一緒に☆


        ・・・・・・先生が入っても、やはり愉快な仲間達です!


 夢中で弾いていた為か、長かったようで短かったこのコンサート。沢山の反省点も見つかったけれど、またこれを起点に次の勉強につなげて行こう!という思いと共に、すっかり暗くなるのが早くなったドイツの夜は更けていったのでした。

       最後は共演したピアニストとの2ショットで♪
     
                   2人とも、お疲れで・・・・・。



 次のコンサートがあるのも、もうすぐ。しかも、次のコンサートは大阪にて!私の師匠が大阪の音大で客員教授をしてるのですが、それのアシスタントとして私も日本に行くことになりました。実は、ヴィオラに転向して日本でのソロの本番が初めてなので弱冠緊張気味ですが、さらなる精進を目指して頑張ってこようと思います!


 あら・・・そういえば、ずーーーっと前から宣言しつつ実現されていない、「ミュンヘン旅行記」。さすがに行って1年以上その話題に触れないのは私としても寂しいので、こちらも近いうちの実現を目指そうと思います!乞うご期待☆



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プロフィール
HN:
Tomoe 
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1986/02/17
職業:
学生
趣味:
読書・手芸・お菓子作り
自己紹介:
 京都生まれの熊本育ち。
 5歳よりヴァイオリンを始める。
 高校に入学する前の春休みに受講したマスタークラスにより、音楽専攻を決意。
 高校卒業と同時にドイツ留学を目指し、ひょんなことからヴァイオリンからヴィオラへ転向。
 2004年7月30日に渡独。
 2005年10月から2008年9月まで、天上人キャラで時に理解に苦しむが、尊敬してやまない深井碩章氏の下、ハンブルク音楽・演劇大学にてヴィオラ専攻の後、2008年10月より国立ベルリン芸術大学に籍を移し、これまた愉快なキャラクターでありながらも素晴らしいヴィオラ奏者であるHartmut Rohde氏の下、続けてヴィオラ専攻中。
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